施術家 田中学(たなか がく)プロフィール

 

私はよく、「何だか悩みなさそうだね。」

言われることがあります。

まったく悩みがないわけではないのですが、

好きなことを毎日やっている、悩み以上に

楽しい方が勝っているからそう見えるのかもしれません。

 

そんな楽天的?な私の紹介をさせていただきます。

 

 

 

私は、生まれも育ちも諏訪市で現在51歳です。

 

小学生の頃は、運動は好きでも目立つのが嫌いな子供で

駆けっこでもわざと2位になるために力を抜いたりしていました。

 

それは、小2の時に担任の先生がクラスのみんなの前で

私のことを話したことがきっかけだと思います。

その時にはじめて知ったのが、

私の血液型のRh型がマイナスであることでした。

 

私はB型Rhマイナスで、1000人に1人という

珍しい血液型だったこともあり、先生がクラスのみんなに

「がく君は珍しい血液型だから、ケガしないように

みんなも気をつけてね。」と、確かそのようなことを

話をしてくれたと思います。

 

先生は、私のことを思って言ってくれたのですが、

当時の私は”みんなと違うことがダメなこと”のように思えたし、

恥ずかしくて顔が真っ赤になったのを今でも覚えています。

できるだけ目立ちたくないと思えた出来事だと思います。

 

 

そんな私でしたが、小学生の時から野球を続けていました。

高校生の時は補欠が2年も続き、さすがに何とかしたくなり

3年にはレギュラーを目指すべく練習後も自主練を課していました。

でも無理がたたって3年の春に腰を痛めてしまいました。

 

走ると息が出ない程の痛みに耐えながら練習を続けていましたが、

最後の夏の県大会のメンバー発表に自分の名前が無いことが

あまりにもショックで、それから部活を休み、

チームメイトの支えることなく中途半端な形で3年間の野球生活に

終止符を打ちました。

 

でもその時、腰痛のリハビリとしてやっていたウエイトトレーニングが

大好きになりました。今まで重くて挙がらなかったバーベルが何回か

トレーニングすると挙げることができ、努力をすればしっかり成果が

でることに魅了されました。

高校卒業後は、市役所に入所してパワーリフティングという競技を

続けながら高校時代報われなかった悔しさをバーベルにぶつけ

全国大会の出場権を得るところまでになりました。

 

子どもの頃の性格が高校時代の悔しさから、誰よりも力をつけたい、

目立ちたい、自分が好きなことを追求していきたいと思え、

毎日が充実していました。

 

 

しかし、またしても背中を痛める致命的なケガをしてしまいました。

選手生命が経たれ、目標を失った私は仕事への意欲も薄れてきてしまいました。

そのような時に、友人からスポーツ障害の相談を受け、

いろいろ調べていくうちに病院などの治療ではなく

整体で行う手技が効果的であることを知りました。

 

私には2人の子どもがいますが、

長男は生まれた時に心臓の病気ですぐに手術を受けました。

その時私は、お医者さんに頼るだけで見守ることしかできませんでした。

整体の技術を学べば「子どものために何かできるのではないか。」と

いう思いもあり、「こんなことを仕事にできたらいいなぁ。」などと

整体師を職業として考えるようになりました。

 

それから、すぐに東京にある整体専門学校に入学して、

毎週末往復400kmの通学、夢を叶えるための勉強が始まりました。

 

整体の学校への週末通いも10年続き、家族や子供達にも施術をしながら、

整体師を仕事としてやりたい。という気持ちが強くなってきました。

子ども達も無事大きくなったのを機に、26年間勤めていた市役所を

退職し妻と一緒に整体院を始めました。

 

 

妻にも手伝ってもらい夫婦ではじめた整体院。当初、友達や職場の同僚や

親戚などが来てくれたおかげで順調だと思われましたが、

その状況は開店祝いのようなものだったらしく、

半月もしないうちにベルが鳴らなくなり、電話機が壊れたのかと疑うほどでした。

チラシをまいたり広告に載せたりして、ようやく来た患者さんはリピートせず、

技術の未熟さを感じ、日に日に退職金が減っていく通帳を眺め、

ため息をつく毎日でした。

まさか半月前、こんなに情けない自分がいることなど想像もできませんでした。

 

「誰か俺を助けてくれ。」そんな思いでインターネットを見続けて、

偶然、Youtube動画で丸坊主頭の前腕が妙にたくましい整体師、

FMT整体創始者の高瀬元勝を目にしたのです。

高瀬の何とも言えない自信のある言葉に突き動かされ、

「自分を救ってくれるのはここしかない。」と思い、

FMT整体セラピスト養成学院に入れてもらい修業が始まりました。

 

全国展開している整体院なので、即効性のある技術を徹底的に

習うものだと思っていたのに、徹底的にやらされたのは受付でした。

「何で~接客?俺は整体師になるために来たのに?」と

疑問を持ちながらの修業でした。

しかし、舐めていた受付は思うようにできず先輩からのダメ出しの毎日。

いい年にになって、息子くらいの年齢の先輩から言われる指摘は、

的を射ているだけに心に刺さり辛くなりました。

 

そして、ある時患者さんから

「ここに来て、先生やあなたと話すと気持ちが楽になるわ~。」

「これからも、よろしくね。」と言われました。

この時、痛みは施術の技術ではなく言葉でも癒されることを学び、

受付は問診であり施術であることを学びました。

 

 

今もこうして整体師としていられるのは、

私一人の力では到底有り得ませんでした。

 

市役所を辞めて夫婦で始めた整体院がすぐに立ち行かない状態になったり、

FMT整体の分院を任されたのに売り上げが落ちて普通に生活できないほどの

危機にさらされたりしたことが今までにありました。

でも、その度に、自分に格好つけず恥や外聞も捨てて自分をさらけ出して

一歩踏み出すと、必ず手を差し伸べて助けてくれる仲間や家族がいたのです。

 

皆に助けられ、横浜や東京で6年間施術を続けることができ、

いつの間にか延べ13,000名の施術をすることができました。

 

そして、これからはFMT整体を通して得た経験を生まれ育った諏訪の地

生かしていきます。

 

 

今までの私は、何かやろうとすると必ず壁が立ちはだかってきた人生でした。

でも、トレーニングから整体師、FMT整体との出会があった様に、

いろんな縁に救われ壁を乗り越えてくることができました。

 

人生における財産とは、お金も大切ですがきっと豊かな経験では

ないかと思っています。

豊かな経験とは、例え、苦しみや悩みがあったとしても、

諦めず前に進むことで得られる沢山のものを、私は今までの

経験から学ぶことができました。

 

「何だか悩みなさそうだね。」と言われるのは、

悩みの捉え方がちょっと違うのかもしれません。

 

私は、痛みを抱えて来られる患者さんを診ていると、

私の今までの人生の壁やつまずきと重なることがあります。

だから、「きっと大丈夫ですよ。」と声を掛けます。

 

今は痛みの辛さで大変です。

でも、きっと「あの時があったから、今はこうして幸せに暮らせる。」

思えるようになります。

一緒に良くしていきましょう。一所懸命お手伝いさせていただきます。

 

 

 

ボディケアたなか 田中

からだ  たから だから

ボデイケアたなか

 

Tel:0266‐78‐6506

〒392-0017

長野県諏訪市城南1‐2124‐4